タイの芸術・文化・創造

タイで就職したWEBデザイナーの日記

タイのグァバに囲まれた甘い生活 2017-07-31

ラルモニルハット県 カリガンジ郡 ウパジラ村出身のモミヌル・イスラムさん(32)は、彼の平穏な果樹園の静けさの中、自身の人生について省みます。「私は、就くのが難しい政府の仕事を探すことに、貴重な時間を割くことはしてきませんでした。私は自分の時間を有効に使ってきました。私が父から教わった、フルーツ栽培を実現したのです。」モミヌルさんが満足していることには根拠があります。彼のタイ グァバの甘さが証明しているように、ご近所で有名な有機農業にこだわる農家である彼は、この素敵な生活を楽しんでいます。

彼は言います。「年間300万タカ(約418万円)の純利益が得られるので、私は公務員よりも良い生活をしていますよ。」
モミヌルさんは、2005年に芸術科の学士号を取って地方の大学を卒業しました。モミヌルさん一家はわずかな土地しか持っていませんでしたが、彼は果物栽培にその身を捧げることを決心し、年間1ビガ(0.13〜0.40ヘクタール)につき米12マウンド(444 kg)の価格で、26ビガの土地を借りました。当初は、イチゴなど様々な果物を栽培していました。借りた土地に4,200本の木からなるタイ グァバの果樹園を作り、彼の’ラ・ドルチェ・ヴィータ’(=甘い生活)を歩む道を見つけたのは、4年前のことでした。
「グァバは夏と冬の年2回、実を付けます。」彼は言いました。「1シーズンにつき、1つの木から最大35キロのフルーツがなるので、年間の売上はおよそ600万タカ(約836万円)にも上ります。さらに果樹園に隣接している3ビガの園芸店でグァバの種を売り、70万タカ(約98万円)の収益を得ています。」収穫した果物を売ることには困りません。首都ダッカからも商人が買い付けに来ます、と彼は付け加えました。

モミヌルさんは果樹園の手入れのために、年間150万タカ(約209万円)を費やして20人の正規労働者を雇っています。さらに有機肥料の製造に60万タカ(約84万円)を、土地借用に30万タカ(約42万円)を投資しています。
「私たちはいつもモミヌルさんの果樹園で有機肥料の製造やグァバの木の世話に追われています。」労働者の1人である、アブダス・サラムさん(42)は言います。「彼のグァバ園は、年中私たちに仕事を与えてくれます。」
「私は果樹園に化学肥料や農薬を使ったことは一切ありません。」モミヌルさんは説明しました。「そういった製品は土地の肥沃を損ない、最終的には収量を減らしてしまうと私は知っています。それらの代わりに、私は実ったフルーツを袋で覆い、害虫やその他の生き物から守っています。」
多くの地元の人たちが、モミヌルさんの成功の秘訣を探るために、彼の果樹園を訪れています。「モミヌルさんはグァバの育て方について役に立つアドバイスをくれます」と、近隣農家のマフラム・チャンドラ・ダスさん(52)は言います。
もっともなことですが、モミヌルさんの家族は彼の成果を誇りに思っています。「私の息子はこの地区で一番の農場経営者です」と、彼の父であるモミヌル・ハークさんは言います。「彼は土壌を理解しています。彼は学生時代の農業の経験から多くを学んでいます。私も息子の成功に感化され、6エーカー(2.43ヘクタール)の土地で野菜と平行して果物を栽培しています。」

超就職氷河期時代に大学を卒業したので、地元の中小企業の町工場しか就職先がありませんでした。あまり給料が高くない割には重労働だったので、1年働いた頃から夜間はWEBデザインの専門学校へ行き、WEBデザインのイロハを習得。町工場を3年務めた後は、上京して(といっても神奈川県川崎市ですが)今では有名なWEB制作会社に就職しました。始めは学生アルバイトと同じような待遇しかありませんでしたが、徐々に仕事が出来るようになってくると大きなクライアントを担当させてもらえるようになりました。そして海外のクライアント様(タイとシンガポールの日系企業)を担当するようになってから海外に興味が持ち始め英語を習得しました。32歳で退職し、1年間の放浪を経てタイでWEBデザイナーとして就職しました。
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カテゴリー: フルーツ