タイの芸術・文化・創造

タイで就職したWEBデザイナーの日記

フリーランスのWEBデザイナーとして活動していた私が就職したわけ 2017-09-01

私は、もともとフリーランスのWEBデザイナーとして活動していました。

フリーランスのWEBデザイナーというのは、インターネット環境とパソコンがあれば成り立つ仕事です。
それもあり、世界一周といかないまでも英語が通じそうな国へパソコンを持って移動?旅行していました。
そんな中、東南アジア周辺を回っている時に、贅沢さえしなければ安くて過ごせると思ったタイにしばらくいようと思いました。
初めはタイで生活するには十分すぎるほどの収入がありました。(日本でも問題ない程度)
ノマドワークという言葉が流行りだして少し収入が減っても、全然問題なく生活が出来ていました。

そんな折り、いろいろと悩んだ結果、フリーランスを辞めてタイ現地で再就職をしました。

その理由は、時代の進化に伴ってWEBデザイナーという職業がなくなると考えたことによります。現在は、なんでもデジタル化となって、どんなものでもインターネットに繋がる時代となりました。昔より断然とインターネットやWEBの重要性は高まっていると思います。それに伴って、関連業種の需要が高くなるのは必然です。そんな中、日本、アメリカ、イギリスにいる友人やその周りで、WEB制作をメインに行っている小さな会社が軒並み廃業している話を聞き、その要因を知ったことからフリーランスWEBデザイナーと言う仕事がなくなるのではないかと思ったからです。

再就職してから、私の考えがほぼ当たっていたことに驚きました。

今、WEB制作の現場では、変化が起こっています。以前は、デザインはどこどこに外注して、コーディングはどこどこにみたいな感じでも問題ありませんでした。(だから、私は食えていました。)
そこから、ウェブサイトではSEOだけでなく、ソーシャルメディアやオンライン広告などをカバーする必要性が上がってきており、それらをカバーするために制作チームを会社内で立ち上げるようになっています。そうなると、外注する部分が減ってきています。
今、私が働いている会社はそこそこ大規模なので、小さな規模は違うんじゃない?なんて思う人も多いかと思いますが、お客さんによってはワードプレスの有料テンプレート(かなり充実してきました)でまかなえてしまうことが多いらしく、外注することが減っていると言う話をよく聞きました。小規模な会社ではコーディングだけは外注するという話も聞きましたが、自動コーディングツールが以前よりも格段にレベルアップしており、そのうちコーディングの外注すらも無くなるのではないかと思っています。
最後に、フリーランスに限らずWEBデザイナーの存続が危ないと感じることがあります。それはWEBサイトの必要性がなくなってきてるように思います。私が住むタイのレストランや飲食店ではWEBサイトを持っていないことが当たり前のようにあります。その理由としてfacebookの普及が挙げられます。どこのお店も自社のウェブサイトではなく、フェイスブックページをメインにしているところが多い印象を受けます。これは東南アジア地域では、当たり前のようでベトナム人の友人はWEB制作よりもフェイスブックページ制作の方が収入を超えたと言ってましたから。

このような理由から、時代の変革期の今、フリーランスのWEBデザイナーと言う仕事が無くなるのではないかと思い、まだまだ仕事がある若いうちに再就職を決めた次第です。

超就職氷河期時代に大学を卒業したので、地元の中小企業の町工場しか就職先がありませんでした。あまり給料が高くない割には重労働だったので、1年働いた頃から夜間はWEBデザインの専門学校へ行き、WEBデザインのイロハを習得。町工場を3年務めた後は、上京して(といっても神奈川県川崎市ですが)今では有名なWEB制作会社に就職しました。始めは学生アルバイトと同じような待遇しかありませんでしたが、徐々に仕事が出来るようになってくると大きなクライアントを担当させてもらえるようになりました。そして海外のクライアント様(タイとシンガポールの日系企業)を担当するようになってから海外に興味が持ち始め英語を習得しました。32歳で退職し、1年間の放浪を経てタイでWEBデザイナーとして就職しました。
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