刑務所ムエタイを見て

今年のカンヌ国際映画祭のメインスクリーンで、タイが大きく取り上げられました。映画 ”A Prayer Before Dawn”(直訳:夜明け前の祈り)はタイ映画ではありませんが、このイギリス−フランスの作品はタイが舞台となっています。

>映画の作品紹介ページです。
http://www.imdb.com/title/tt4080956/

正確には収容者が狭い共同部屋に詰め込まれ、生き延びるために戦う、カビ臭く、暴力的なタイの刑務所が舞台です。ジャン=ステファン・ソヴェール監督のこの映画は、ヤーバー(タイの麻薬)販売の罪でクロンプレム刑務所に服役した経験があるウィリアム・ムーア氏の本を基に、ムーア(役:ジョー・コール(英))が刑務所内のムエタイボクシングプログラムを通して釈放されるまでの、生き地獄での過酷な生活の模様を描いた作品です。

報道機関からの肯定的な観衆の中、カンヌでの公式上映は温かく受け入れられた。3人のタイ人俳優—ビタヤ・パンスリンガム(監視員役)、ポンチャノック・マクラン(女装癖のある収容者役)、パニャ・イムンファイ(シェフの収容者役)がレッドカーペットを歩いた。
 私たちはカンヌでのジャン=ステファン・ソヴェール監督(仏)にキャッチアップした。

—どのようにプロジェクトが開始したのですか。
イギリスのプロデューサーが、ボクシング、中毒、刑務所をテーマにしたタイの実話に基づいた脚本について、連絡をくれました。私はそういったものが好きなんです。1994年に、映画製作チームと一緒に休暇中に2か月間タイを旅しました。私はタイで撮影することをずっと夢見ていました。ですから、脚本の初稿を読み、それからウィリアム・ムーアの本も読みました。映画監督として、私は実話にドキュメンタリーとフィクションのスタイルを融合させたいと思っていまして、それが叶ったのがこの作品です。

—既に沢山のボクシング映画と刑務所映画が世に出ていますよね。どのように ”A Prayer Before Dawn” の構想を練ったのですか。
私は刑務所映画やボクシング映画を単にもう1つ増やすことはしたくありませんでした。刑務所でのボクシング戦を出来る限り正確に、写実的にフィルムに収めるため、私は写実的な映画をやることに関心を持っていました。前科者と、プロでない俳優と一緒に作ることで、それが可能になりました。タイの制作サービスチームに連絡した時、彼らは適任の役者を起用して、スタジオに刑務所を建てても良いと言ってくれました。そして、私はこの映画はとにかく写実的に作るに尽きると伝えました。収容者たちの人生について話し、彼らに再度チャンスを与えるために、私は彼らの経験を世間に共有したいのです。

—この映画の中ではタイの良いイメージが描かれていませんが、同時にリアリティを感じます。どのようにしてこの話の繊細なテーマに切り込んでいったのですか。
 フランス人から見ると、タイのイメージはその景色、ビーチ、文化や笑顔など、平凡な体験に基づくものです。しかし、笑顔の裏側こそが本当の人間です。タイ人はとても誠実です。しかし同時に、リアルなタイの文化に入り込むことは難しいです。この映画をやるにあたって私が考えるのは、人は皆自国や自国の人々を尊敬する責任があるということです。たとえ刑務所映画であろうとこれを丁寧且つ誠実な方法で行うただ一つの方法は、タイで時間を過ごし、タイの人々を理解し、彼らにこの話を伝えていってもらうことです。

—監督は多くの本当の受刑者を映画に起用されていますね。キャスティングはどうでしたか。
私たちはキャスティングに約1年をかけましたし、私は毎週前科者に会いました。私は最初に、刑務所で過ごした経験のある有名なボクサーのチャランプロン・サワサック、またの名をMに会いました。彼は数人の友人に私を紹介してくれました。私は彼のフェイスブックの友達を探し…全員前科者ですが…、刑務所にいた他の男たちを起用しました。私は彼らの生活について情報を得るよう努力し、それから私たちは全ての固定観念を避け、脚本を書き直しました。

—撮影許可を取る上で苦労したことはありましたか。
慎重に扱うべきテーマだとは分かっていましたが、初めは実感していませんでした。私たちはタイ映画事務所にどのような映画を作りたいかを説明しました。私は、負の側面ばかりを描いたり、ハリウッド映画のようにさもここが世界最悪の刑務所であるかのように見せたりしたいわけではなく、人情や、タイボクシングの文化を映したいと言いました。単に悪いイメージだけを投影したければ、私はタイには来ません。ベトナムやフィリピンに行きます。しかしそれは私の意図とは違います、と。すると納得してもらえました。

—タイの多くの刑務所について調べたのですか。
ナコーンパトムに新しい刑務所が出来た後に、同県の古い刑務所で撮影しましたよ。更生部門の協力で、タイの別の刑務所にも行きました。私たちはボクシングプログラムを導入している刑務所をいくつか訪れましたが、上手く組織化されていました。映画に実際の監視員を使ったほどです。
本では、ムーアはイスラムに改宗します。映画では、彼は仏教を信仰します。
初稿の脚本にはこのシーンがありました。ところが面白いのは、刑務所で社会性を育むことなのです。刑務所にはボクシングチームがあり、イスラム教徒や仏教徒など様々な囚人がいます。私にとっては、ビリー(ムーア)が仏教を信仰する方が面白いと思えたのです。
私たちは、ビリーが平和を見つけるまでの、ほとんど動物のような無秩序、激怒の状態を生きてゆく様子を描写しました。そして彼を助け、愛を与えたのはイギリスの人でもなく、彼の両親でもなく、刑務所にいたタイの人たちです。この映画は、刑務所が最悪の場所ではなく、彼が彼自身と自由を見つけることが出来た場所であることを見せてくれます。